原付二種で巡る!トレッキング風土記

広島県その周辺地域の名所や旧道林道廃道を原付二種のオフロードバイクで巡るツーリング紀行を記録しています。

飛鳥時代に天皇が流星をみた星居山(ほしのこやま)

      2017/10/01

星居山林道の風景、木漏れ日が心地よく気分爽快!熊と遭遇したら引きかえしゃえんよ

星居山(ほしのこやま)ツーリング紀行文

古代日本の地方国家は吉備国で、天空が鳴動すると見るまに、奥山一体と麓を真昼のような光りが照らし日の出ころには消え去った。

翌日も翌々日も同じような現象が起こったが、その後は何事もなかったように普通の日が続く。

ところが、再び大鳴動とともに、大光線が山や麓を真昼のように照らした。

里人たちは集まって情報を交わしてみると、阿知山が光源であった。

不思議なことが起こると朝廷へ届け出なければならなかったので、里人たちは急いで朝廷に届出た。

届出を受けた朝廷は小角行者(修験道の開祖で尊崇された実在の人物)を呼び出し至急、吉備国阿知山の調査を命じる。

命を受けた小角行者は阿知山に登ると、その夕方から天空が鳴動して山や麓を真昼のように明るく照らした。

不思議な光に向かい「どうして不思議な現象が起こるのか、光りの本体は何者だ」と問うと、遥か天空に声があり

「我は宵の明星(よいのみょうじょう=金星)である。悪鬼、悪魔がはびこらず、人々が栄えゆくように念願するため、三個の明星が阿知山に天下る。」

と小角行者に一つの玉を与えて天空に消え去った。

翌日の夜半に天空が鳴動して光りが輝くと、光りの本体は小角行者に玉一つを与え「国中の人々が栄えるよう祈る」と宣言し天空に消え去った。

その暮方から夜明けにかけて光りが代わるがわる降下した。

不思議な現象を見届けると小角行者は阿知山を下り、奈良の都に帰って天皇に報告、光りの本体からもらった“三つの玉”を差し出した。

孝徳天皇自ら小角行者を伴って阿知山の麓に仮の御所を建て滞在し、いよいよ天皇も阿知山に登り「宵の明星」を待ち受けたところ、天空が鳴動して光が降下、山はもとより麓の一帯は真昼のように明るくなった。

現に見る現象に天皇は驚愕し山頂で礼拝の日を送り、二日目に山から下って「宵の明星」から頂いた三つの玉に向かって祈り「願はくば阿知山の峯に水を出さしめ給え」と祈願する。

三日目に山に登って見ると不思議や清水が湧き流れていた。

孝徳天皇は、山麓の仮御所に滞在していたそこを「御所が原」と伝え、山頂に神社を建て御殿に三つの玉を納めて「三玉神」と唱え、阿知山を「星居山」と命名する。

このころ国々は乱れて百鬼夜行の有様であったが、いつとなしに平和な世となり天皇のご心痛もなくなった。

天皇は奈良の都に帰り、諸国に対し一年に一度は星居山に参詣するようお布れを出し、天皇自身も政務の暇をみては度々参詣している。

八度目に参詣されたときには、「三つ星、人をめぐみに空はるゝ、光りを受けて生き立つ国々」「星居山に身をおき年々に、四方の木草に花咲くをみて」の和歌を残している。

山頂の石碑は孝徳天皇の御陵であることを示す。

その後の歴代天皇の信仰も厚く聖武天皇の如きは三度も参詣せられ、行基(奈良時代の僧で東大寺の「四聖」の一人)を同伴するほどである。

林道入り口
星居山入り口の看板
熊出没注意って!
星居山森林公園キャンプ場
山頂へは徒歩で
星居山の宝篋印塔(ほうきょういんとう)
山頂の展望台
宝篋印塔の説明
展望台からの眺め

今回巡ったルート

全線舗装道路で走りやすいが、熊出没注意の看板は怖い。キャンプ場でテント張ってたが、大丈夫なのだろうか?頂上には徒歩で10分ぐらいで到着する。

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星居山森林公園キャンプ場
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