山の中なのに何故か栄えた上下の歴史


上下キリスト教会を中心に町並みを撮影。イギリスの旅行会社がツアーを組んだそうで外人が来ているみたいです。

白壁の街並みツーリング紀行

広島県府中市上下町、旧石見銀山から瀬戸内海への銀山街道の宿場町で天領とされ金融業で栄えた町である。

天領というのは、江戸幕府の直接支配した土地のことで、幕府の主要な財源を確保するものでる。

勿論、石見銀山も江戸幕府の天領である。

何故、日本海側にある石見銀山の銀を、瀬戸内海航路で運ぶ必要があるのか、日本海航路で運べないのか、であるが…

冬の日本海の荒波は航行に問題を抱えていたのである。

石見銀山が江戸幕府の天領となると、陸路で大量の銀を運び出せるよう中国山地を越えて瀬戸内海にある港(尾道、笠岡)までの道を整備し、銀の積出港としての機能をさせたのである。

この上下町は、銀の集積中継基地として発展、代官所が置かれる江戸幕府の天領であり、この地方の政治経済の中心地であった。

今でも、白壁の土蔵や格子戸造りの家が残っており、時勢の繁栄ぶりをうかがわせる。

観光客の歴史的な日本の街並みへの関心や、外国人のツアーの来訪などで観光客が倍増している。

シンボル的な建物のひとつ、上下キリスト教会(広島県文化百選選定建築物)は、明治時代に財閥の蔵として建築され、戦後にキリスト教会として利用されたものである。


旧警察署


翁座


町並みを撮影

上下町今回巡ったルートとおすすめスポット

商店街を歩くと、今でも白壁や土蔵造り、格子戸といった町並みでタイムスリップしたようです。

翁山城跡公園

上下の町並みが見渡せる翁山(おきなやま)町並みの背景としてシンボル的存在
翁山の名前が歴史上に登場するのは古代大和朝廷の時代である。
地方を治める官職に任命された息長日子王(おきながひこのみこ)が住まいとする館を構えたのが翁山の由来とされる。

息長日子王の姉にあたるのが、三韓征伐(さんかんせいばつ)で新羅出兵を行い朝鮮半島を服属下にする戦で有名な、神功皇后(じんぐうこうごう)である。
時代は下って南北朝時代、上下村の荘園管理支配職に任命された長谷部信吉(はせべしんきち)が翁山に築城して、以後近隣に威を振るった。
戦国時代になり安芸の毛利氏に従ったが、関が原の合戦で毛利氏が敗れたため、上下を去り、翁山城も廃城となったのである。
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